「怒らせたお前が悪い」「怒らせるようなことをするな」そう言われて、理不尽に責められた経験のひとつやふたつ誰にでもあるものです。人の感情は、実はこの順序で起きます。出来事→捉え方→感情同じ出来事でも、怒る人と気にしない人がいます。それは「捉え方」が間に入るからです。ところが「怒らせたお前が悪い」と言う人はこの順序をこう理解しています。出来事→感情(あなたのせい)つまり「自分が怒ったのは、相手が怒らせたから」という認識です。心理学ではこれを外的責任化と呼びます。自分の感情の責任を外側に置いてしまう思考です。「怒ったのは自分」ではなく「怒らせた相手が原因」だから「怒らせたお前が悪い」「普通そんなことしたら怒るだろ」という論理になります。そしてここからが、本当の問題です。怒られた側が罪悪感を抱き、それを受け入れてしまうと、怒る人 = 正しい人怒られる人 = 間違っている人という構図が完成します。相手は感情をぶつけるだけで「正しい側」に立てる。そんな理不尽な上下関係が出来上がってしまうのです。だからといって謝り続けることが解決になるわけではありません。むしろ謝り続けることは相手に「怒れば相手が折れる」という成功体験を与えてしまいます怒れば謝らせることができる。怒れば自分が正しい立場に立てる。そう学習すると怒りはエスカレートしていきます。では、怒ってくる人にはどう対応すればいいのでしょうか。まず大切なのは相手の怒りに巻き込まれないことです。怒っている人に正論をぶつけると逃げ場を失ってさらに怒りが強くなることがあります。感情が高ぶっているときは議論ではなく、まず距離を取ることが大切です。そしてもう一つ大事なのは事実と感情を分けて受け取ることです。相手が怒っている理由の中には事実もあれば、解釈や思い込みも混ざっています。すべてを自分の責任として受け取る必要はありません。必要があれば事実の部分だけを冷静に受け取り、それ以外は背負わないことです。そして何より覚えておいてほしいことがあります。感情は相手が作るものではありません。出来事をどう捉えたかによって自分の中に生まれるものです。だから「怒らせたお前が悪い」という言葉は感情の説明ではありません。自分の感情の責任を相手になすりつけているだけの外的責任化です。この構造を知っているだけで理不尽に責められたときでも「私が悪いのかもしれない」と自分を責め続けなくてすみます。そして、最後にもう一つ。人の怒りをすべて背負う必要はありません。それは、本来その人自身が扱うべき感情だからです。